Archive for December, 2007

おにぎり

Friday, December 7th, 2007

posted by kumaco
音楽学校の練習室の扉は、こんな感じです。(at Metz)
左:大プレート         右:小プレート
 
左プレートはドア中央に大きく掲げられていて、”Hildegard von Bingen部屋”(誰?)しかし、これでは一体どこの階か判りづらいので、ドアの上の方の隅っこに、”306号室”と併せて付けられています。(ちなみに、右の写真は大きく写しています) 
部屋のドアを開けると、

他にも、“シューマンの部屋”とか“ショパンの部屋”と名付けられた部屋が。
でも、部屋はどこも無機質に同じ。何のために名前を付けているんだろう?
フロアによって部屋のさし色が鮮やかな黄色や、水色だったりするところもフランスっぽいなあ、と思う瞬間です。

持って来るまでにちょっと変形しちゃって恥ずかしいけれど、小腹がすいた時はおにぎりが一番。サンドイッチを買ったり作ったりしてみたけれど、やっぱりおにぎりに戻ります。
おにぎりを食べると、日本はもちろん、世界中のいろんなところでも今日もおにぎりをほおばって頑張っている、見知らぬみなさんに思いを馳せるこの頃です。

追悼 N先生

Wednesday, December 5th, 2007

posted by kumaco
11月の終わり、多くの人に惜しまれながらN先生が永遠の眠りにつかれました。N先生は声楽の先生で、そのお人柄は歌の生徒のみならず、レッスンの伴奏で付いてくるピアノの生徒にも慕われていました。
N先生に出会うのは難しいから、友人の付けたあだ名は”ヒミツの先生”。
なぜなら、オペラに出演するプロからコンクールを目指す声楽家の卵まで、先生の移動する先々に、本番前でレッスンが必要な生徒が追っかけていくほどなのに、教授などの肩書きを持たない、知る人ぞ知る“街の先生”だったから。
若い頃のN先生は音楽大学を卒業された後、引き続き母校で声楽教授に。結婚そして出産、子育てをしながら大学で教え、演奏会をこなすという超過密スケジュールの日々を、睡眠時間を削ってまで、なんとか乗り切っていました。そうして何年か過ぎた、ある日の朝。目が覚めたら、声が全く出なくなっていました。
先生は大学や演奏活動の一切から去り、そして立ち上がりました。
まずは、母音の”A”を音に出すことから始め、声にできるようになったら、少しずつ他の母音へ広げていきました。なぜ、自分にこんなことが起きたのか。声のトレーニングに加え、どうすれば歌声は楽に、美しい響きになるのだろう?講習会や公開レッスンがあると聞けば、西に東に足を運びました。
10年の月日が流れ、気がつくと一緒に研究する仲間ができ、歌手を志す人が口コミで集まっていました。先生のレッスンは独特で、1人1人違っている声帯や体型に応じて、その人に合った発声方法を模索していくやり方で、まるでオーダーメイドのよう。欧米の著名な声楽教授のレッスンを見ても、N先生ほどのユニークなスタイルは未だ知りません。
N先生は優れた先生だけでなく、みんなのお母さんのようでもありました。
悩みがある人がいれば親身に相談に乗り、差し入れがあれば分け隔てなく振るまい、心とお腹が寂しそうで疲れた人がいれば、自分はもっと疲れているはずなのにご飯を作ってあげずにはいられない人でした。
今は、先生の面白いエピソードばかり思い出されます。
エピソード1;
ある日JRで新快速に乗っていたら(次の駅まで15分、車内はシ〜ンとしていました)、突然見知らぬ女性が詰め寄ってきました。
女性:”あのっ、つかぬ事をお訊ねしますが、あなた様は一体
    何をなさる方なのでしょうか!?”
N :”何をしているかと言われても..?”
女性:”実は私、人の”気”というか、オーラが見えるんです。あなたにはただ者ではないオーラがでているので、どういうご職業なのかと思って。”
N :(笑いをこらえながら)”歌を、教えております。”
女性はポカーンとしたものの(面白い答えではなかったから?)納得して去って行きました。”周りの人にジロジロ見られるし、かといって停車駅がないから降りれないし、もう恥ずかしかったわ〜” N先生、カラカラと笑っていました。
大事な瞬間の目撃者であることも多かったN先生、ある日NYに行きました。
エピソード2;
NY留学中だった友人は、日頃お世話になっている先生のために、選りすぐりのオペラのチケットを用意しました。メトロポリタン劇場1階、オーケストラ席中央。パバロッティが得意中の得意としていたオペラを歌う夜でした。
高いド(C)の音がたくさん出るいつものアリアを歌い出しましたが、あろうことか曲の途中で突然パバちゃんの声が出なくなり…!!劇場がショックで騒然となり、そのまま彼は舞台から降りてしまいました。それは、初めて彼の声に翳りが現れた瞬間でした。先生は、彼の発声に何か異変を見つけられたのでしょうか?…. その時、猛烈な時差ボケでぐっっすり眠っておられました。
(*日本–アメリカ東海岸のフライトは、時差が最もキツい路線の1つなんです)
先生から教わった大切なことは、学校では教えてくれなかったことでした。それは礼儀作法だったり、少しずつ音楽を広げていくことに繋がることだったように思います。
例えば、コンサートなどでお世話になった方々、先生になるべく早くお礼状を差し上げること。何かをいただいたら、取り急ぎ電話で直接お礼を。どの人にも常に感謝の気持ちを忘れないこと。友人や知人でコンサートを開く人がいたら、なるべく足を運んで聴きにいってあげること。
歳を重ねた今、とても大切なことを教わったと思います。
秋のはじめ、お体の具合が悪いと聞いて、お見舞いの気持ちをお花に託しました。お花のことでお世話になっているamicaさんにお願いしたら、私の気持ちをそっと伝えてくれるような温かいお花を作って下さいました。
先生は随分お悪くなられて、もう意識が朦朧としている状態なのに、先日お見舞いに訪れた友人に ”kumaちゃんにね、とっても綺麗なお見舞いのお花をもらってね、なのに、お礼のお手紙が書けなくて、ごめんね..”と。
先生が身をもって教えて下さったこと、先生にはとても代われませんが、少しずつですが私たちが、必ず引き継いでいきます。
どうぞ、安らかにお眠り下さい。

amica 小山さんが作って下さったお花。(初秋/お見舞いのアレンジメント)
小山さん、心伝わる素敵なお花を本当にありがとうございました。
www.j-amica.com

Marché de Noël

Wednesday, December 5th, 2007

posted by kumaco

今年も恒例のクリスマス市が始まっています。
2年目になるとマーケットをそぞろ歩くこともなくなり、押し寄せる観光ツアーの人波をいかに効率よく迂回するかをついつい考えるこの頃です。

袖にスル。

Monday, December 3rd, 2007

posted by kumaco
突然ですが、ヨーロッパのトイレットペーパーは厚手です。
現在うちのは4枚重ね。エコロジーが重視されているこのご時世に、どういうことでしょう?(すぐなくなっちゃうんですよね〜)

私はトイレットペーパーの買い置きが充分ないと、不安になる人です。
いきなり石油ショックが起きたら大変なので(ありえない?)予備のペーパーは十分スタンバイさせてます。
トイレットペーパーが厚手なら、ティッシュペーパーも厚手。測ったわけではないけれど日本の2倍くらい厚さがあって、何気に鼻をかむのがちょっと楽しかったりして。そして、あっという間になくなります。こういった紙類の生活必需品は、日本よりちょっぴり割高感があります。

寒い冬を迎えた今、ここのようなちょっとした寒冷地では鼻水が何かの拍子に1滴だけ、ちょろ〜ん。と出て来るんです。だけど、ヤツは”ちょろ〜ん”の後しばらく出てきません。そんな1滴の鼻水のために使ったティッシュは、ここではエコロジーを意識してか、なんと袖にしまっておいて、また使うんです。場所は、手首から肘の間。セーターやジャケットの袖にククッと押し込みます。
初めて見たとき、長年在住の日本人の方だったので”えっ!マジっすか!!”と訊ねてしまいました。ふと見ると、地元のマダムも袖からチラッとティッシュが見えています。考えたら、鼻をかみたい時に手元にあるのは、この上なく便利。しっかし、日本では流行らないだろうな…

la fleur (=flower)

Saturday, December 1st, 2007

posted by kumaco

音楽学校の受付には絶えずフラワーアレンジメントがあしらわれていて、訪れた人を迎えてくれます。そういえば、長年の友人も家に花を絶やぬように活けていると言っていたなあ〜。。
彼女の暖かいお家には、今日はどんなお花が咲いているでしょう?
お花ってやっぱり素敵なおもてなしだな〜、ほっこり心温まる師走のこの頃です。

Osaka-New York-Strasbourg